天国の勇ちゃんへ

わずか17日と言う闘病の果て、旅立ってしまった彼へのメッセージと、自分の想いを綴ります。

旅立ちの日。  祥月命日

とうとう、この日。 2月27日。
なってしまった。迎えてしまった。。。 あれから1年。経ったのですね。


本当に、私は現実。 勇ちゃんが共に、一緒に居ない日々。毎日を。
日常を。365日。たった1人。 で過ごした。んですね。。。 本当に信じられない。


それは、いまだ、この世に勇ちゃん。がもう、存在しない。と言う事。も。
そして、その間、私が、ただ1人で、過ごしてきた。 と言う事。時間も。ね。


短かった。アっと言う間、にも思えるし、それでもやっぱり、実際に季節は巡り、毎日
気の遠くなる様な、長い長い長い。 とてつもなく、果てしなく長い時間。を何とか
やり過ごしてきたり。。。


それでも、まだ。こんなに 勇ちゃんを愛おしく想い、そして、気持ちを募らせて
いる、変わらない。自分。 だけが。 まだ。ここに。 のこって。います。。。




去年の今日。


まだ薄暗い、夜明けすぐの明け方。


医師や、看護師さん達数名が。バタバタと慌ただしく、病室に入ってきた。


ベット横で。「あ~ ヒドイね。もう、今日だろうね・・・云々かんぬん」って
やり取りが、耳に入ってきた。


医師に「御家族って、他誰か(病院)いらっしゃるんでしたっけ?」と聞かれ、
「はい。御両親が。控室に。」そう答えると、「チョット呼んできて。」って。


昨日、酸素吸入が本格的になって、慌てたお義母さん。 お義父さんにも連絡を
入れていて、お義父さんもいらした。から、そのまま昨夜はお2人で、親族控室に
泊まられていたから。


私はすぐに、控室に、お2人を呼びに行き、一緒に病室に戻ると。。。。


「危篤」 状態。でしょう。これ。 呼びかけにも、何も応答はない。
ただ、うっすら半開きのままの状態の目。 黄疸そのままの、まっ黄色をした白目の眼。


ただ、呼吸が繰り返し、心臓が。脈だけ打っている。 その他の反応は、全くない。
まま ただ横になっている。 勇ちゃん。 が。眠っている・・・


担当医ではない、内科のDr。 ある意味、物事をズバっと言う医師で、ありえないだろ
って所も、今考えればあるけれど、あの日の私。にとっては、それは良かった。と思う。


「今日、このまま。多分。呼吸、止まりますよ。 人工呼吸器。本当に付ける気ですか?
 ただ。苦しいだけ!なんですよ。 付けたって、病気が快復する訳ではなし、もう治療
 も施せない。死期を、何日か苦しい思いをさせて、ただ延ばす。だけなんですよ!」
って。
「このまま。自然にそっと。楽に逝かせてあげましょうよ。それが良いと思いますけど」
そう、このDrは言った。


私は、最後の最期。念押しに、最終確認として聞いた。
「採血の数値結果の改善は、どれも、全くみられないんですね。回復の見込みも全くナイ
 のですね。この先、絶対に、もう抗がん剤の治療を受けれる。事にはならない、希望も
 見込みも、本当に、ナイのですね?!!!!」 そう聞いた。


医師は、ハッキリと、断言した。「ありません。もう、そもそも、今その様な身体状態でもありません。」って。 そして。 「今日。ですね。おそらく。今日です。」と。


私は、人の危篤。っていう状態を見た事がなかった。し、知らない。
だから、きっと。今。この勇ちゃん。が、 危篤。の状態。なんだろう。と思った。


そして。「わかりました。呼吸器の、延命措置は、しません。」そう答えた。


そのまま、息子2人に、TELをして。
「お父さん、危篤。 なるべく早く、2人共、病院へ来て。急いだ方がいい・・・」
そう言って、しばらくしてから、息子らも 駆け付けた。そして、長男にも、呼吸器
はお願いしない事にしたから。と今朝の話を説明して、子供らも、納得した。



以前に、ここに記したけど。    


繋いだ “手” - 天国の勇ちゃんへ


振り絞った、最期の。こんなに強く。痛いってくらい、加減もなく、握られた手。
最後に、ギュって。してくれた。。。 この左手を。。。  今も見つめてしまう。


これが明け方。 きっと、1度、逝きかけた。。。んだと思う。
その時は、皆。息子も私も、お義母さんも。。。「勇ちゃん!!」「オヤジ!!」
「勇!!!!逝かないで~」ってお義母さん。耳元で、泣いて叫んだ。


部屋には、心拍、血圧、呼吸レベルが表示されたモニターも設置されて。。。
しばらくは、皆、無言で、このモニターの表示を見つめてた。


ここから、しばらくは、小康状態のまま。続いて。
息子ら2人は親族控室で、休むと。 私と御両親は、変わらず、病室に居たけど。


私は。何故か。 昼間の時間帯に、 ソレ。はないな。 と思っていた。
お義父さんが、家に昨日急いで病院に来てしまったから、薬を置いてきてしまった。と
言い出した。 勇ちゃんのお義父さんは、何年か前に、脳梗塞をされていて、今もずっと
服薬中だ。「何してんのよ。」ってお義母さんはキレ気味に言ってたけれど、私は。


「今。今のうち。なら、大丈夫だと思うんです。 お薬、家に取りに帰って下さい。
 行くなら、早いうちに。早い時間の方が。。。」って。


そうだな。。。って、お義父さんは、一旦、家に戻られた。


午後になり、夕方前。 息子が部屋に来た。
お義母さんも、原因は不明?な腹痛をしばらく患っていて、食事を食べないと痛く
なるんだって言ってた。


息子に、チョットお願い。をして、私とお義母さんで、病院の食堂へ行った。
私、も、何か食べたよね・・・あんまり思い出せない。でも、お義母さんに、ここは
「私がおごりますよ!働いてる。仕事してるし、稼いでるから!」って言った時、
「勇は、大丈夫よね。今度は、お返しにちゃんと、私がゴチソウするから・・・」って
会話はしたな。それは、覚えてる。


この頃、は、お腹が空いた。って事はないけど、義務として。自分がシッカリしなきゃ
の思いで、義務的に何かを流し込んで食べて、と言うか、物理的にお腹に何か。を入れて
いた気がする。。。


勇ちゃんが入院して、まだ1週間くらいの時。。。 病院から、会社へ向かう途中の
コンビニで、おにぎりを買って、泣きながら食べた。事があった。
その日、会社で、私は同僚のパートさんに「こんな状況で、あの人なんて食べたくても
食べれ無い状況で。。。なのに。私ったら、お腹が空くんですよ。。。情けない・・・」


こんな話をした時があった。
何も食べれない。食べたくない。状態。が訪れる。なんて事、想像も出来ないくらい。


病室で、私は勇ちゃんの横で、ずっと手を握り。 お義母さんは、勇ちゃんの顔をずっと
手をあてて撫でていた。


時折、勇ちゃんが、頭を横に振ったりして。「イヤいやっ」ってしているみたいに。。。
お義母さんの触れている、手が嫌?だったのか?。もしくは。。。  息子は、後に
「オヤジ、嫌イヤって、頭、振ってましたよね。逝きたくなかった....って事ですよね?」
って私に聞いてきたけど。 本当の事は。わからないよ。。。


それでも。 しばらくの間、勇ちゃんを見つめていて、思った。
今朝のは、あの、お義母さんの呼びかけに、戻って、留まった。のだろう・・・と。
だから。。だんだんモニターの色んな数値が徐々に下がってくるのを見つめ。私はお義母
さんに、こうお願いした。。。


「今度。。。もし、また、勇が。逝きそうになったら。逝かせてあげましょう。勇は、
 本当に、良く頑張った。 もう、十分。 楽にさせてあげましょう。ね。お義母さん」


そんなお願いをしたんだよ。 それから、声は聞こえてますよ。って看護師さん。
「ありがとう」も、「よく頑張ったね」も。それから、明日が、長男の誕生日。我が子
の誕生日に逝ってしまうのは、親として、 「子不幸よ。」って事も。
私は勇ちゃんに、お話したね。 聞こえてたんだよね。伝わってたんだよね。ちゃんと。


お義父さんも、病院へ戻ってきて、息子2人も。お義母さんも。そして私も。
皆、病室に揃って、そして、モニターを皆が無言で見つめ。。。夜になった。。勇ちゃんの弟夫妻が、今、病院へ向かってるって。お義父さんが言った。


朝から、薄目を開いたまま。だった勇ちゃん。
お目目がおっきいから、ただ、開いてしまう?のカモ知れなかったけど。。。


私は、そっと、両手で目を閉じる様に伏せて。「もう、大丈夫。皆。みんな、ここに居るよ。ずっと居るから。安心して。 お目目閉じてね。。。」って。


勇ちゃんは、本当に。 良い子。だね。
開いていた、瞳は、ちゃーんと。閉じた。 それから、この病院。 地下の駐車場が
夜になると閉鎖されてしまう。から、いつも、面会時間終了時刻になると、その地下
駐車場から車を動かし、病院職員専用駐車場へ、移動する。


今日もだ。 その時間が迫ってきていて。
息子と私、車を動かしに、チョットだけ部屋を離れなければいけなくなった。 チョット
ほんのわずかな時間。だよ。


それでも。。。 私は、こんな間に、もしも。 の旅立ちがあってたまるか!!って、
思ってた。 代わりに、動かしてきてよ。。。って心底思ったけど。
この気持ちは、きっと、息子らだって同じに決まってる。   だから。勇ちゃんに
お願いしたよね。


「今、チョットだけ、車、動かしてくるよ。5分。5分だけ。。。待っててよ。絶対に。」
って。


猛ダッシュ。だよ。待ってる間のエレベーターだって、1分、1秒が、全部、全部長く
感じた。「お願いよ。絶対に、逝かないで。まだ。まだだよ。戻るまで。お願い。」そう
念じて、お部屋に戻った。


やっぱり。良い子。 ゆうひちゃん想いで、ゆうひちゃん大好きっ子で、ゆうひちゃんの
言う事は、何でも素直に聞いてくれる。 勇ちゃん。。。最期まで。そうだった・・・


徐々に下がり始める数字。モニターを見て、「弟さん達はまだですか?今何処ですか?」
そう聞く私に、お義父さんが、TELをした。
「今、どこだ?! 駅? もうすぐだな。」って。病院のある最寄駅に着いたみたい
だった。そこから、タクシーで5分とかからない。


このお義父さんの、会話がまるで聞こえて、安心。したかの様に、勇ちゃんは。。。
すっ~っと。 そのまま眠る様に、旅立っていった。。。。


2016.2.27 PM 20:55。   これが、たったの。17日間。の全て。だった。


あの日から。 1年が。経ちました。  勇ちゃん・・・  逢いたい。。。

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