天国の勇ちゃんへ

わずか17日と言う闘病の果て、旅立ってしまった彼へのメッセージと、自分の想いを綴ります。

色んな事が崩れ堕ちていく・・・

勇ちゃん・・・
自分で決めた。事だけど。ここから、逃げない。目を背けない。辛いけど記す。て。


だけど。。。もう既に、とっくに。。。逃げ出したい。
ここからの事、辛くて。。。何でこんな事してる?やめちゃいなよ。って、ダメだめ
な卑怯者の私が、甘やかそうとする。。。 でも。




去年の今日。前日の看護士さんとの話で、大体。はわかっていたけれど。
又、親族集めて、主治医からのカンファレンス。


午前中。って事で、朝から病院へ。
病室に行くと、勇ちゃんの着ているパジャマが、血だらけで。 パニック。


勇ちゃんは、寝てたんだけど。「どおしたの?!!!!」って聞いたら、
「昨日、夜、もどしちゃって。。。」って言ってた。「今は?辛い?お着替えしよか?」
って聞いたら、うん。って言うから、着替え。をしたけど。。。


程なくして、カンファレンスルームに呼ばれて。
「肝機能の回復も、みられないんだよね。黄疸も善くならないし。。。一応ね、だから
 抗がん剤、化学療法は、出来ないんだよね。。。 それに、昨日夜からかな。吐血も
 みられるしね、ただ、もうどこから出血しているかも分からない。今日・明日。とかに
 急変してもおかしくないし、今、まだ話せるから、会わせたいとか、本人が、会いたい
 って言う人がいたら、今のうちに会わせて。」 って。最後通告。を受けた。。。


それから、延命措置。についても聞かれたし、万一の時の、病院からの、第一連絡。
をする人は、「婚約者さん。で宜しいですか?」と、親族、皆に、最終確認。
皆、私で。って言ってくれた事だけが、救い。だったけど。。。


それから、私は、会社へ。の予定だったけど、そんな状況ではなく、急遽、休む。
昨夜の吐血・・・って。 もう本当に、次から次へと、状況が。悪化の一途。その
変化の速さに、全く追いつかない。 何が何やら。 それでも、その、最悪な日。が
まだ、遠くに・・・感じていた。と言うか、そう思いたかった。願い。願望だった。
と思う。 口にするのも、避けたい現状。。。。


だけど。私は本当に、“鬼”や。 「鉄の女」なんて言われても、仕方がナイ。
言い訳。だけれど。「時間がナイ」そう言われてしまったら、ちゃんと、勇ちゃんの。
「意思・遺志」を聞かなければ。。。と。


息子(長男)、お義母さん、と一緒に、病室に戻り、
「勇ちゃん。。。とっても辛い事。だけど。とても大事な事。だから。ちゃんとお話し
 しよう。聞ける時にちゃんと勇ちゃんの気持ち、考えを聞きたいからね。《終活》を
 しよう。自分のね。」って。


それから、気になってた。事。
「勇ちゃんも、多分、わかってる。って思うけど・・・ 病気が病気。だからね。今
 どうしても、会いたい人。会っておきたい人、居る?居ないの? 女の人。だった
 としても、怒らないから。。。連絡するから。。。」そう、真剣に、何度も聞いた。
しつこいくらいに。。。。 だって。私のせいで、後悔が。残ってしまうのは嫌。だった
から。 これは、本当に、本当の、本心。


でも、「いい。居ない。本当にいない!!」そう、真剣に、真っ直ぐ私を見て、そこ
だけは、力強く、拒否。「居ない!」って言ってくれた。勇ちゃん・・・これ。本心。
なんだよね。 会えなくて、心遺り。だった。なんて事、人(女)居ないんだよね.......


お墓は要らない。って事。海に散骨、して欲しい事。その海は、「千葉・マルキ」って
事。コレ全部、勇ちゃんが、自分の口でハッキリと伝えた。そう。 遺志。


息子らは、お墓がナイってどういう事???って。かなり理解不能。だったみたい。
それから、お金の事ね。勇ちゃんが、持ってた、数多い、「借金」の話も。


勇ちゃんは、多くはないけど、加入していた生命保険で、その「借金は返済して欲しい」
って言った。 どこからいくらか。とか、概ねは、私が知っているから。
私と勇ちゃんは、余命半年。を宣告されたら、先に自分が受け取れる、っていう生保の
請求を使って、(存命中だから、勇ちゃん自身が受け取るって事だけど。)その支払い
を、私に一任すると。


残りで、病院・医療費を支払い、 葬儀。や散骨とか。その支払もして、残りの金額
のうち、お義母さんに、いくら。渡して欲しい。 残りの金額は、ゆうひちゃんに。
そうも言ってくれた。 お前ら(息子2人)には、それぞれ、同額の、いくらを、残す
からな。。。って。


この日に。保険会社に提出する用の請求書に、あんなにあんなに辛いのに。
勇ちゃんは、一生懸命、記入してくれてた。 同時に提出する、診断書を、私は病院
事務に依頼して。。。。


結果的には。 診断書待ちの方が長くてね。。。 この、生前受け取り。なんて出来
なくて、だけど。。。 アレが。勇ちゃんが、私に最期に残してくれ様とした、気持ち。
あの。請求書。は、 最期のラブレター。だったのカモ知れないね。。。


実際に、お金が欲しかった訳でもなかったし。 でも、コレ、後々に。
親族が誰1人として、勇ちゃんの「遺志」を。やり遂げてはくれなかった事。。。はさ。
哀しいね。 だけど。 そんな事は、もうどうでも良い事。


こんな。 話。をさせてしまった事。用紙を記入させてしまった事。
全てが後悔。だけど。。。  


午後の時間から、友人が面会に来て。。。色んな状況を、私は食道ホールで話してた。
そこに、息子が。「大変!大変!!〇〇さん!!(私)親父が又、血大量に吐いてる!」


って走って来た。 慌てて病室へ戻ると、カーテンをされ、看護士の方が。
「大丈夫ですよ。こちらでやりますので。」って。


この吐血は、止まる事なく、夕方にも。
看護士さんから、「今日、どうされますか?このまま付き添ってられても良いですよ。」
って。カンファレンスがあるからと、お義母さんも、お義父さんもいらしてた。


病院の、家族控室も今日は空いているし、お布団のレンタルも申込みされれば。って。


息子らは帰ってしまったが、当たり前に。 お義母さんは、帰りたくない!ここに居る。
って。その気持ちは、私も同じで。


お二人には、控室で、お布団を借りて、夜は休んでいただく事にした。
私は・・・「ゆうひさんも。お部屋へ。」そう、お義母さんは、言ってくれたけど、
勇ちゃんのベット横の、椅子に。ずっと付き添う。事を望んだ。


まだ4人の大部屋に居た勇ちゃん。。。 勿論、うつらうつら睡魔もやって来て、あの
小さな椅子に夜通し居たのは、大変だった。 だけど。


こんな事しか。。。出来ない。出来なかったの。私ね。
起き上がる力も、ほとんどなかったのに。 勇ちゃんは、夜通し。 時計を都度都度
確認もした。 ほぼ、1時間おきに吐血した。。。


黙って、ゴソゴソ身体を起こした。と思えば、大量に吐血。
テッシュで顔や口を拭き、「麦茶でうがい(口の中をすすぎたい)したい。」って。


その度、介抱して、ナースコールも押したけど。。。夜間はほぼ、来ない。(中々)


この日、会社に午後行くつもりで来てた私は、制服のまま。
その時のブラウスには、今も。 あの時の「血」の跡が残ってる。。。このシャツを
みる度に、この日の事が、鮮明に蘇った。。。 今でも。 苦しい。


一体、どうなるの。どうなっちゃうの。って思う間もなく、吐血、吐血。吐血・・・


長い様な、短い様な、夜を過ごした。。。 朝が来て、何とか、眠っている勇ちゃんを
見て、多少、ホっとした。
緊急?に。又、朝、Drから、御家族(息子)に連絡取って、カンファレンス、したい
から。って、召集をお願いされた。


もう、寝不足とか、睡魔とか。そんなもん。何もかんも感じれなくなって、私は、ただ
ただ。気力。だけで、過ごしていた。   そんな1日、夜明けを迎えた日だったね。

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