天国の勇ちゃんへ

わずか17日と言う闘病の果て、旅立ってしまった彼へのメッセージと、自分の想いを綴ります。

カンファレンス。

去年、入院してから、5日目にして、担当医。からの詳細な説明。
の日。当初から、予定されていた日。


やっと。やっとなの。。。って。
ただ、私は、正式な「親族」ではなかった為、この、カンファレンス?(って言うん?)
には、同席は出来ないんだろう。って思ってた。
から、勿論、勇ちゃん本人も、同席。だったし、後から私は勇ちゃんから、聞けば良い。
ってそう思っていたけど。


勇ちゃんは、「ゆうひちゃん。お願い。一緒に聞いて。」って。懇願された。
だから、一応?看護師さんに聞いた。けど。ここの病院、あんまり、そういう所(親族しかダメ!みたいな)うるさくない??って言うか。あっさりと、どうぞ。って感じでさ。


まぁ、病院でね、私の。関係性?って言うか、「彼女」って言うと、チョット軽い?
感じ。。。と言うか(変な言い方だけど。) だから、「婚約者」です。って。
こっちの方が、何て言うか、彼女。より親族に近い?様な気がして。。。 でも。
勇ちゃんも。これに、否定。な感はなかった?!からね。


一時の束の間。ではあったけど。この17日間。は、名実ともに?!
「勇ちゃんの、婚約者」であった。って、勝手に今も、私は思っている。。。


この日に。私は、勇ちゃんの御両親に、初対面。「はじめまして。」をしたんだよね。


とにかく小っちゃくて、弱々しい、(見た目)な、お耳のかなり遠い。お義母さん。
いつも、マイペースに、良くお喋りする、独特な、お義父さん。そして息子の2人。


私は義お母さんも、お義父さんも、勇ちゃんから、結構前から、写真を見せてもらって
いたから、すぐにわかった。けど。


初めて病室の前の廊下で、挨拶された途端に、お義母さん。には、抱きつかれて、号泣
されてしまった。そして、お礼(今までの身の周りの事や)と、お詫びを。申し訳ない。と、言われたな。。。


私も、ここでは、必死に。「こんな形で、こんな日に、御挨拶。で。。。すみません。
でも、きっと、善くなりますから。。。ね。大丈夫ですよ。。。」って、背中をさすって
いた。  よく喋るお義父さんには、「あなたの事は、お話ね、前から聞いてましたよ」
「何でまぁ。こんな病気になったのだか。。。わからんね。。。」っと。


勇ちゃんの息子には、長男は、前の会社で(勇ちゃんが所長さんだった同じ配送の)
しばらく一緒に働いていたから、来たらすぐにはわかった。んだけど。
この下の子。次男坊ね。この子も、前の会社、事務所で、見かけたりする事もあったし、
お正月には、ほんの気持ちの、お年玉。もあげたりしてたし。。。


その頃は、本当にまだ幼い。子供。中学生。だったから。(私の中の記憶はそのまま)
一瞬、誰だかわからなかった。。


そう言えば、勇ちゃん。チョット前に、この次男坊。 いわゆる職人さん。になって
外仕事だし、筋肉バッチリ!で、昔はポチャめだったのに、身体も絞れてて、我が子。
ながらに「EXILEの、TAKAHIRO みたいんなっちゃって、イケメンで驚いた(笑)」
って言ってたよね。   ホント、確かにそんな感じ。。。 変わっちゃったなぁ~


どちらかと言うと、お調子者で、よく喋る長男。と違って、寡黙で。一見すると、
クールって言うか、何を考えているか、あまりよくわからない・・・淡々とした。タイプ
には見えるね。 持ってる芯。の部分は、違う?のだろうけど。。。


その親族4人と、私。ともう、自力歩行がかなり困難になっちゃてた、黄疸激しい、
勇ちゃんを、車イスに乗せて、カンファレンスルームに。。。


そこで初めて耳にした 「腹膜播種。」って単語。
どういう状態で。なのか。何故、腎臓にステントの処置。だったのか。 そして、この
「黄疸」は何故なのか。。。 どうして、外科的手術の治療法ではなく、抗がん剤治療
(化学療法)なのか。。。諸々を、やっと。全部、全部、私は聞く事が出来た。
転移は、肝臓に若干、小さな転移はあって、あと、リンパにも。。。でも、勇ちゃんが、
言ってた「腰の激痛=骨転移。もあるらしい。。。」は、ナイ。って事もわかった。
肝臓のガン細胞も、まだ、悪さは全然、していないよ。。。って。


だけど、本来なら、この日に説明を受けて、きっと、早くなら、この当日、もしくは
翌日から、始めた?であろう、抗がん剤治療は、この「黄疸」症状では、行えないと。


胃ガンのこの、播種の影響で、胆管が詰まって、おきている「黄疸」で、肝機能も著しく
低下している為、一旦、抗がん剤治療の出来る!身体への処置。をしなくてはならない。と、急遽、翌日に、又、ドレナージュ。最初の腎臓にいれたステント処置。と同じ様な
胆管の、ステント処置を、翌日に行う。 その予定で、この日は終った。


ただ。。。このカンファレンス。終わってから。。。
私以外の、親族、皆。キョトン。理解不能・・・ 状態。だった事に、私は唖然。とした


お義母さんはお耳が不自由だったから、多分、殆ど説明が聞こえていなかった・・はず。
で、お義父さんは。。。マイペース?良くわかんない。。けど、まぁ、皆聞いてるし、
自分はわからなくてもいいか?(本当の所はわからない。けど。。。)だったのか。


そして、まだ19才と、24才の、若い。息子達。。。は。
う~~~~ん。。。あまり。。。言いたくはナイ。けど。色んな事柄。に置いて、多分
理解力が、元々乏しい。。。から。。。><。


この状態を、私は、真剣にヤバイ。と思った。し、痛感もした。
私が。しっかりしなくちゃ!って。ね。


皆、理解が出来ていないが故に、わりと ノー天気。に構えてる。。。仕方。ナイんだけど。。。ね。。。。


ただ。。。私には。本当の。本当に。医者から告げられた「死刑宣告」の日だった。。。

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